講師紹介

みづほバイオリン教室 講師
船津みづほ
( ふなつ みづほ )
私は、幼稚園と小学1年生の夏休み前までは千葉市で過ごし、小学校1年生夏休み明けから高校卒業まで奈良県で過ごし、卒業後千葉に戻ってきました。
ですから、標準語と関西弁が今でも混ざることがあります。
バイオリンは千葉で幼稚園の頃からはじめ、その頃おぼえてえていることといえば、近所の方が何かの用事で我が家にいらした時に、なぜかキラキラ星を聴いていただくことになり、「すごいねー!」とほめていただいたことでしょうか。
私の記憶にうっすらと残っています。
その後、教室のおさらい会(生徒同士の弾き合い会)、発表会と出演し、同じ幼稚園のお友達が常にほんの少し教本の先の曲を演奏され、不器用な私は追いつくことなく奈良に引っ越したのでした。
奈良の音楽教室では、やさしい先生→厳しい先生に習いました。
この優しい方の先生は出産のためにご退職。
お腹に赤ちゃんがおられる時は「みづほちゃんのバイオリンの音で、赤ちゃんが嬉しそうにお腹の中で動くのよ」優しく話してくださいました。
後任の先生は正反対で、厳しい先生でした。
今の時代では考えられませんが、演奏中、手で弓を飛ばされたことや、叱られて泣いたこともあります。
泣いても同情しませんと言われたこともあります。
おそらく私が小学高学年の頃です。
あとで知ったことですが、この先生は私が将来音楽でやっていきたいというのをご存知だったようです。
音楽教室は先生が数年でお辞めになることが多く、その後中学生になるタイミングで、音大志望やコンクールに特化した個人の先生のお宅に通うことになります。
残念なことに、基礎から全てやり直しでした。
母も悲しんでいました。
とはいえ、バイオリンの先生になりたいと幼稚園の時から公言してしていた私は、やるしかありませんでした。
頑張った努力が報われ、音楽科のある高校に進学、その後大阪の音大を目指して高校生活を送ってきました。
高校3年の秋ごろ、父の転勤で千葉に戻る事が決まり、高校の先生が「東京に行きなさい」と背中を押してくださいました。
その後、毎週のように新幹線でレッスンに通い、超短期決戦で合格をいただき、大学(武蔵野音大)に通い、教職もとりました。
きっと、教える仕事が好きなんだと思います。
大学在学中から教える仕事をはじめ、のべ100名以上の生徒様の指導をしてまいりました。
音楽の道に進んだ子。
コンクールに参加した子。
オーケストラで活動している方、さまざまなかたとレッスンしてまいりました。
その間、演奏のお仕事(レストラン、ウエディング、葬儀、歌番組、オーケストラのエキストラなど)もたくさんお声をかけていただき、学びながら楽しくお仕事させていただき、感謝しかありません。
家庭の事情や子育てで、一度教室を閉め再出発して2年ほど経ちます。
これから、きっと素晴らしい出会いがあると信じています。
《 趣味 》
美味しいパン屋さんを見つけること
野球観戦
娘と過ごす時間
《 ペット 》
今は息子に任せきりですが、カメです
かれこれ15年ほどになります